つぶやきの自動記録。 アイデンティティとは、選んだわけもなく与えられてしまったものを、自分で改めて背負い、選び直すところに成立する。
例えば、好むと好まざるとに関わらず、ぼくは男子でしかも長男で、日本人だ。選べなかったものを、自分の責任を持って背負い直すこと。そこに初めて、主体性と自由と責任が発生する。
フーコーは、吉本隆明との対談で現代の「政治的イマジネーションの枯渇ぶり」と語った。共産主義すら終わった後、資本主義のあまりのタフさを日々見せつけられ、この世界がこのまま、ただ未来永劫続いていくんじゃないかという漠然とした予測の内、ぼくらは日々、実は退廃し、絶望し、摩滅している。 どんな立派な考えも、正義の押しつけに過ぎない。反対側の正義、小さな正義も尊重しよう。こうして時代は正論の時代からフェアネスの時代になった。マルクスの時代からレヴィ・ストロースの時代へ。潜在的に、全てが正しい。相対主義の時代。
問題は、本気でそんな風に生きるなんて不可能だということ。 未だに正義は苦手だ。でも、人は信じなきゃ生きられない。何も押しつけずに生きるなど、実際、不可能だ。どこまでも謙虚に、真理の相対性を生きろというのは、実は生きるなというのと同じだ。真理に支えられずに生きるには、ブッダのようなストイックさか、バブル期のような爛熟した退廃を必要とする。 相対主義を踏まえて生きることは必要だ。自分の正義の有効範囲を気にしないまま、無邪気に振る舞うことは、他者から見たらまさに押しつけに他ならない。
これを仕事柄、嫌というほど見てきた。でも、人は自分なりの正義を必要とする。相対主義を信条にすることでは、個人は生きる方針は立てられない。 「団塊の世代」が47年から49年生まれ。「団塊ジュニア」が、諸説あるけどアバウトには70年代生まれ。その間の50年生まれから69年生まれを一括して「しらけ世代」と呼ぶ。東京オリンピックの年、64年生まれのぼくはそこに属する。でも、当事者としては「新人類」と呼ばれたのが印象深い。
プレオタク世代が50年代生まれ(SFマニア)。オタク第一世代が60年代生まれ(ヤマト、マジンガーZ)。第二世代が70年代生まれ(ガンダム)。第三世代が80年代生まれ(エヴァ)。第四世代が90年代(中身は同じ。舞台がネット)。第一、二世代がしらけ世代、第三世代が団塊ジュニアなのね。 整理。
47−49年生まれ、団塊。
50年代生まれ、しらけ世代、プレオタク世代。60年代生まれ、しらけ継続、オタク第一世代、新人類(ヤマト)。70年代生まれ、団塊ジュニア、オタク第二(ガンダム)。80年代生まれ、オタク第三(エヴァ)。90年代生まれ、オタク第四(2ちゃん、ニコ動)。 大澤真幸によると、戦時中が戦後にほとんど一夜にして変化できたのは、変わったようでいて実は変わっていないからだ。中心が大日本帝国と天皇からアメリカと家電に変わったけど、構造はそっくりそのまま。たぶん、経済でアメリカに勝ち、アメリカになろうとしたリベンジの代理戦争が、高度経済成長だ。
戦中派が、経済で太平洋戦争のリベンジを果たそうとしたのが「高度経済成長」だった。その恩恵を被りつつも反発したのが「戦争を知らない子供たち」。40年代後期生まれ、団塊の世代による全共闘運動。その挫折に現実を見切り、虚構の世界に走ったのが50年代生まれのしらけ世代、プレオタク世代。 ふと口にしてしまった言葉が、必要で大切なことを語り、作用してしまっている。とっさの振る舞いが、振り返るときちんとした役割を持っていた。そんな風に自分を鍛え、整えておきたい。水面に浮かんだ情緒はいつも使い切っていて、奥から鯉がちゃぽんと姿を現すように、真っ直ぐ何かが出てきて欲しい。
いつも、何も書けていない。表面をなでているみたいだ。肝心なことはいつでも書き残してしまう。もやもやした灰色の塊が胸の中にいつも蠢いていて、でも、ぼくはせいぜい、リンゴの皮を剥く程度のことしかできていない。でも書くというのは結局、一枚一枚、皮を剥くだけなのだ。ただ続けるだけなのだ。 長いものなんて、全く書けない。いつか、書けたらいいと思う。
一度に140字。
それを連打しているのが、今のぼくの限界だ。ナイフで大木の皮を剥いているような気がする。いつ、切り倒せるのか?でも、リハビリと思って、ただ、毎日続けているしかない。
出てくる言葉を書き留めているしかない。
最近、出汁取るなんててきとーでいいと思い。水張った鍋に網を入れ、昆布の切ったのと業務用混合節厚削りも入れる。で、弱めの火で放置。ゆったり加熱、ごぼごぼ沸騰させないとこで網ごとダシガラを引き上げてお終い。厚削りなら水からで大丈夫。昆布抜くのも、料亭じゃなし、同時。ぜんぜん、美味い。 正当派の出汁の取り方。
昆布を水につけしばし放置。
羅臼がいい。火をつけ、昆布が浮いて来たら、昆布臭くなるので、沸騰前に抜く。
沸騰したら火を弱め、削り立て、薄削りの鰹節をどっさり入れ、灰汁が出る前にさらしで漉す。美味いけど、こんなに手数の多いこと、家庭で毎日はやってらっか。プロ向き。
薄削りだとすぐ行っちゃうから要注意だけど、厚削りだと、水からゆっくりでも、一応セーフ。混合削り節は嘘みたいに安い。昆布は切った安いの買ってもよし、自分ではさみでカット、タッパでもいい。網ですくったダシガラは即捨てりゃいい。香りも味も、インスタントよりは上出来。気にしないことね。 昆布は水よー。厚いから時間かかるの。
厚削りも鰹にしとけば、高いけど楽なまま、極上。
厚いのは、みんな水から。 @ki1104 @peachful 羅臼。
母はこの味を求めるのですよww水からなのか、お湯からなのかで迷ってつかわずじまいww 要するに、厚いのは染みこむまで時間がかかるんだよー。昆布も、厚削り節もー。
@ki1104 @peachful はーい了解、水ね、しっかり覚えておまないと、、、有難うでした。 厚いと、染みるのに時間がかかる。だからゆっくり加熱。そんだけー。薄いのはすぐ火が通るから、お湯にから入れ、すぐ、引き上げる。豆腐熱すると時間がかかるのと一緒だよー。 @ki1104 @peachful 厚みなのね、厚みで判断! 以上、本日のつぶやき。 。